東京高等裁判所 平成10年(行ケ)348号 判決 1999年4月22日
スイス国ツェーハー-4058バーゼル、
シュバルツバルトアレー215番
原告
ノバルティス・アクチェンゲゼルシャフト
代表者
リチャード・ロス
同
ゲラルド・ワイマン
訴訟代理人弁護士
品川澄雄
吉利靖雄
同 弁理士
青山葆
中嶋正二
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官 伊佐山建志
指定代理人
柿崎良男
内藤伸一
後藤千恵子
小池隆
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
「特許庁が平成7年審判第15914号事件について平成10年5月21日にした審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和62年9月7日に設定登録された特許第1398318号(本件特許権)の特許権者であり、その発明(本件発明)の実施についての薬事法による処分に基づき、平成6年4月18日、特許権存続期間延長登録出願(平成6年特許権存続期間延長登録願第700005号「医薬組成物」。本件出願)をしたが、平成7年4月5日拒絶査定を受けた。なお、本件出願は、2年5か月と4日間の特許権存続期間の延長登録を請求するものであり、延長後の特許権存続期間の満了日は平成10年12月31日となる。
本件出願の基礎となる、本件発明の実施についての薬事法による平成6年1月19日付け処分は、後記2記載の酸付加塩が塩酸塩である化合物(一般名:塩酸チザニジン)について、効能・効果を「下記疾患による筋緊張状態の改善:頸肩腕症候群、腰痛症;下記疾患による痙性麻痺:脳血管障害、痙性脊髄麻痺、頸部脊椎症、脳性(小児)麻痺、外傷後遺症(脊髄損傷、頭部外傷)、脊髄小脳変性症、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症」とする医薬品製造販売の承認である。
原告は、上記拒絶査定に対し、平成7年7月31日、特許法121条1項に基づく審判請求をし、特許庁において平成7年審判第15914号事件として審理されたが、平成10年5月21日、出訴期間として90日が付加された上「本件審判の請求は成り立たない」との審決があり、その謄本は、同年7月23日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
5-クロロ-4-(2-イミダゾリニルアミノ)-2、1、3-ベンゾチアジアゾールもしくはその製剤上許容し得る酸付加塩の治療有効量から成る痙攣症状処置用の筋肉弛緩剤。
(特許請求の範囲第1項の記載)
3 審決の理由の要点
(1) 本件発明の要旨は前項のとおりと認める。
(2) 本件出願は、その願書の記載によれば、特許発明の実施について特許法67条3項の政令で定める処分を受けることが必要であったその政令で定める処分として、
<1> 延長登録の理由となる処分
薬事法14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認
<2> 処分を特定する番号
承認番号(06AM)第0041号
<3> 処分の対象となった物
塩酸チザニジン
<4> 処分の対象となった物について特定された用途
下記疾患による筋緊張状態の改善
頸肩腕症候群、腰痛症
下記疾患による痙性麻痺
脳血管障害、痙性脊髄麻痺、頸部脊椎症、脳性(小児)麻痺、外傷後遺症(脊髄損傷、頭部外傷)、脊髄小脳変性症、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症
であることを示している。
(3) 本件出願に対する原審の拒絶理由の概要は、有効成分である「塩酸チザニジン」の「下記疾患による筋緊張状態の改善:頸肩腕症候群、腰痛症;下記疾患による痙性麻痺:脳血管障害、痙性脊髄麻痺、頸部脊椎症、脳性(小児)麻痺、外傷後遺症(脊髄損傷、頭部外傷)、脊髄小脳変性症、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症」の用途については、本件出願に係る処分は、最初の処分でなく、先の処分によりその用途に使用する物についての本件発明の実施は既に可能となっているから、今回の処分を受けることは、本件発明の実施に必要であったとは認められない、というものである。
(4) そこで以下検討すると、
(a) 本件発明は、上記要旨のとおり、本件出願に係る処分の対象となった「塩酸チザニジン」を包含する化合物又はその塩の有効量から成る痙攣症状処置用の筋肉弛緩剤の発明であるから、本件発明の実施権は、「塩酸チザニジン」を痙攣症状の処置のための筋肉弛緩剤としての使用に及ぶものである。
そして、本件特許権についての通常実施権者であるサンド薬品株式会社は、有効成分である「塩酸チザニジン」について、前記承認(承認番号(06AM)第0041号によるもの。今回承認)に先立ち、昭和63年1月20日に既に承認番号(63AM輸)第17号により、効能・効果を「下記疾患による筋緊張状態の改善:頸肩腕症候群、腰痛症;下記疾患による痙性麻痺:脳血管障害、痙性脊髄麻痺、頸部脊椎症、脳性(小児)麻痺、外傷後遺症(脊髄損傷、頭部外傷)、脊髄小脳変性症、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症」とする承認(前回承認)を受けていることが認められ、前回承認と今回承認とでは、有効成分及び効能・効果は全く同一であるが、剤型が、前回承認のものは錠剤であるのに対し、今回承認のものは顆粒剤である点で相違していることが認められる。
(b) ところで、特許法は、67条2項に特許権の存続期間の例外規定を設け、特許発明の実施をしようとする場合に、「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要であるために、その特許発明の実施をすることが2年以上できなかった」ことを要件として、5年を限度として特許権の延長登録を認めているが、この規定に加え、存続期間が延長された場合の特許権の効力を規定した同法68条の2が「特許権の存続期間が延長された場合……の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」として「物」と「用途」を単位として延長された特許権の効力を規定していることから、特許期間の延長が認められるためには、物及び用途に関し、別の処分を受けたことによって特許発明の実施をすることができるようになつていないことが必要である。
すなわち、同じ物を同じ用途に使用する場合にあっては、その使用形態の変更のため重ねて政令で定める処分を受けることが必要とされる場合でも、そのことを理由に特許期間の延長を認めることは適当でない。
これを医薬品である本件についてみると、本件発明は、本件出願に係る処分の対象となった化合物又はその塩を包含する痙攣症状処置用の筋肉弛緩剤についてのものであるが、サンド薬品株式会社は、塩酸チザニジンの上記用途については、上記したとおり、既に承認を受け、実施が可能となっているのであるから、本件出願に係る処分が先に受けた処分とは異なる品目についてのものであるとしても、これを理由に延長登録の要件を満たすものとすることはできない。
そうしてみると、本件発明の塩酸チザニジンの痙攣症状処置用の筋肉弛緩の用途の実施について、本件出願に係る処分(今回承認)は、特許法67条2項に規定の政令で定めるものを受けることが必要であった処分とは認めることはできない。
(5) 以上のとおりであるから、本件出願は、特許法67条の3第1項1号の規定により延長登録を受けることができない。
第3 原告主張の審決取消事由
審決の理由の要点(1)ないし(3)及び(4)の(a)で認定された事実関係は認めるが、(4)の(b)の判断は争う。以下に述べるとおり、審決は、その判断において特許法67条2項の解釈を誤って適用したものであり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
1 本件において、特許法67条2項の政令で定める処分とは、特許法施行令1条の3第2号に定める薬事法23条において準用される同法14条1項の平成6年1月19日付け承認(医薬品の製造承認-(06AM)第0041号。今回承認)である。その内容は、本件特許権の実施権者であるサンド薬品株式会社(新商号:ノバルティス ファーマ株式会社)に対し、塩酸チザニジンを有効成分とする前記効能・効果に供する0.2%顆粒を製造する行為を承認したものである。
この行為を実施するには、今回承認を得ていることが必要不可欠の前提条件であり、それを受けるために2年以上本件発明の実施ができなかった。
したがって、今回承認は特許法67条2項に規定する処分であって、今回承認に基づく本件出願が、特許法67条2項の延長登録要件を具備したものであることは明らかである。
2 審決は、今回承認以前に、承認番号(63AM輸)第17号(塩酸チザニジンを有効成分とする前記効能・効果に供する1mg錠剤を製造する行為についての昭和63年1月20日付けの承認。前回承認)が存在することを本件出願拒絶の理由とする。
しかし、原告は、前回承認について特許法67条2項による特許権存続期間の延長登録は受けていないのであり、今回承認に基つく本件出願が本件特許権についての最初の特許権存続期間延長登録出願であるから、延長登録がなされた場合についての規定であって延長登録が既に存在していることを前提とする特許法68条の2の規定の趣旨から、最初の延長登録出願である本件出願を拒絶する理由とすることは許されない。
3 そもそも、特許権存続期間延長登録の要件は、特許法67条2項のみに規定されている「特許発明の実施に政令で定める処分が必要であったために2年以上実施ができなかった」ことに限られるはずであるから、薬事法による適法な承認があるまで、特許発明の実施が2年以上できなかった場合は、それだけで延長登録を認めるべきである。
それにもかかわらず、存続期間の延長が認められた場合の特許権の効力を規定する特許法68条の2が、存続期間の延長が認められた特許権の効力は処分の物(あるいは処分に記載された用途に使用される物)の特許発明の実施行為に限ることを規定していることを理由として、この規定から、物と用途の双方が同一である処分が複数ある場合には、そのうちの最初の処分を受けることによってその用途に使用する物の実施ができるようになったと判断することは誤りである。
実際には、後の処分がなければ、その処分に関する品目については実施ができないのであり、しかも最初の処分については特許法68条の2の適用の前提となる特許権の存続期間の延長登録がされていないにもかかわらず、後の処分が必要でなかったものと認めることは、特許法67条2項の解釈を誤るものである。
特許法68条の2は、延長登録された特許権の効力を、処分の物についての特許発明を実施する行為に限定することのみを規定するものであって、特許発明の実施の意味を定義するものではない。
したがって、特許発明の実施につき、単に特許法68条の2の規定に基づいて、特許法2条3項に規定された実施とは異なる「剤型等のいかんにかかわらず特定の有効成分を特定の効能効果に使用すること」という解釈を導き出して適用することは許されない。
第4 審決取消事由に対する被告の反論
1 特許権の存続期間延長制度
特許権の存続期間の延長制度は、昭和62年の特許法の一部改正により導入されたもので、何らの法規制も存在しなければ特許発明の実施をすることができたにもかかわらず、安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であって、当該処分の目的、手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるものを受けることが必要なために、その特許発明の実施をすることが2年以上できなかったときは、一定条件の下に5年を限度として当該特許権の存続期間の延長を認めることとするのが、この制度の趣旨である。
2 本制度運用の基本的考え方
本制度は、権利存続中における権利者の実施と権利期間満了後の第三者の利用のバランスを図る特許制度の根幹にかかわる特許期間に例外を設ける規定であるから、侵食された権利期間を越えた延長期間を設定すべきでないことは、もとより当然のことである。
また、本制度導入の趣旨からして、処分を受けることの必要からその特許発明の実施をすることができなかった範囲と、権利期間延長後の特許権の効力の及ぶ範囲とを同一のものとすべきことも当然である。
3 延長後の特許権の効力の及ぶ範囲
本制度導入に際し、延長された特許権の効力の及ぶ範囲をいずれまでとすべきかについて、様々な議論があった。
厚生省は、医薬品の製造、輸入に関しては、薬事法に基づき、有効性、安全性の確保の観点から審査し、その承認に際しては、当該医薬品の有効成分、効能、効果に加え、剤型、用法、用量、製造法等を特定した品目単位で行っており、かかる承認に基づき期間延長された特許権の効力についても、当該医薬品が承認を受けたそのものに限って認めれば足りるとも考えられた。つまり、厚生省の承認されたとおりの品目単位の狭い範囲で実施不可であったか否かを審査し、期間延長の要件を満たしておれば、その効力を厚生省の承認単位で認めるという権利存続期間延長制度の導入である。
この考えは明快であるが、例えばある医薬に関し、1回につき1錠(10mg)という「用量」を投与するという品目に承認があり、これに基づいて効力が延長された場合、1回につき1錠(15mg)の「用量」を投与するという他者の製品に対しては権利の主張ができない、「粉剤」の承認に対し、他者の「錠剤」には権利の主張ができない、製造方法が異なれば権利の主張ができない、など、この考え方の期間延長ではほとんど実効が上がらないことが懸念され、結局この案は採用されなかった。特許権の効力を厚生省の承認単位の狭い範囲でとらえるのは、特許制度になじまないからである。
一方、特許法において「物」と「用途」は発明のカテゴリーを表す主要な概念である。特許法において、「用途」なる語は特許法68条の2の規定において初めて用いられたのであるが、その概念は「用途発明」(例えば「DDT特許」)等として、以前から存在しており、「物」と「用途」は「発明」の概念を形成する大きな要素となっている。ここでいう「用途」とは、あくまで「その物の有する特定の性質(医薬でいえば薬効)」を利用して、これを「特定の目的(医薬でいえば特定の疾病の診断、治療又は予防)のために用いること」を意味する。
このような事情の下において、延長後の特許権の効力の及ぶ範囲を厚生省承認の単位によらず、「物」と「用途」という特許法上主要な概念でくくることがより合理的であるとして、特許法68条の2が規定されたのである。
この結果、医薬品についていえば、有効成分及び効能・効果が同一であれば、剤型、用法、用量、製法等が異なる実施の形態にも、延長後の特許権の効力が及ぶこととなる。
4 期間延長の要件
期間延長された特許権の効力が厚生省の承認の品目単位によらず、特許法上の主要概念である「物」と「用途」を単位としてくくるとした以上、その効果を得るための要件、すなわち「特許発明の実施」が禁止状態にあったか否かの判断も、個々の品目単位でするのではなく、「物」と「用途」の単位ですべきである。
なぜなら、同一有効成分、同一薬効について、粉剤、錠剤、カプセル剤、注射剤等剤型の変更ごとに承認があり、それぞれに基づき、時期をおいて複数回に亘り期間延長された場合、特許権の効力が、「物」と「用途」を単位として及ぶとした以上、剤型によっては侵食された期間を越えて期間延長されることになる可能性があり、これは本制度導入の趣旨に反することになるからである。
したがって、特許権の実施が禁止状態にあったか否かについても、特許法上の主要概念である「物」と「用途」を単位としてみるべきであり、両者のいずれも相違しない場合には、最初の承認があった時点でその「物」と「用途」については実施不可の状態が解除されたとみるべきで、したがって、単に剤型等のみが相違する2度目の承認によっては新たな延長を認めることは適切な運用とはいえない。
特許法67条2項(特許発明の実施不可に関する規定)、同法67条の3第1項1号(拒絶理由に関する規定)、同法68条の2(期間延長後の効力に関する規定)等の期間延長に関する各規定は、全体として整合した解釈をすべきである。
第5 当裁判所の判断
本件特許権の通常実施権者であるサンド薬品株式会社が、今回承認の前に前回承認を受けていたことは、審決が認定しているところであり、原告もこれを認めている。前回承認は、薬事法23条により準用される同法14条1項の規定に基づくものであり、今回承認は、薬事法14条1項の規定に基づくものであったが(甲第2号証(本件出願書)添付の昭和63年1月20日付け「医薬品輸入承認書」及び甲第3号証(平成6年12月21日付け意見書)添付の平成6年1月19日付け「医薬品製造承認書」)、両承認は、剤型が、前回承認のものは錠剤であるのに対し、今回承認のものは顆粒剤である点で相違するものの、有効成分である「塩酸チザニジン」及び効能・効果が全く同一であることも、審決が認定し、原告も認めているところである。
そして、特許法68条の2が「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。」と規定していることからすると、同法67条2項所定の処分の対象となった物(処分において特定の用途が定められている場合には、当該用途に使用される物)について、既に同条項所定の処分(前回承認)があって、当該特許権の発明の実施をすることが2年以上できなかったという事実関係がない場合には、当該物に関しては、その後の処分(今回承認)当該特許権の存続期間の延長をすることができないものと解すべきである。
本件において、前回承認が既に昭和63年1月にされていて、その対象は、平成6年1月の今回承認のものと有効成分である「塩酸チザニジン」及び効能・効果が全く同一であるとの前記事実関係によれば、特許法67条2項の関係でみれば、同じ物について同じ用途の処分が既にされていたものというべきであり、本件出願時において、本件発明の実施をすることが2年以上できなかったものと認めることはできない。
したがって、本件出願について特許法67条2項の要件があるものと認めることはできず、審決は、その判断において同条項の適用を誤ったとする原告主張の審決取消事由は理由がない。
第6 結論
よって、原告の請求を棄却すべく、主文のとおり判決する。
(平成11年2月26日口頭弁論終結)
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
平成10年(行ケ)第348号 審決取消請求事件
更正決定
原告 ノバルティス・アクチェンゲゼルシャフト
被告 特許庁長官 伊佐山建志
標記事件につき当裁判所が平成11年4月22日言い渡した判決に明白な誤記があったので、職権で次のとおり更正する。
主文
判決16頁3行目の「当該特許権」の前に「に基づき」を加える。
平成11年4月27日
東京高等裁判所第18民事部
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 市川正巳